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娘も理解ある会社に勤務

村岡君子
北海道
娘、綾乃は昭和四十四年四月、海と山に恵まれた道南の北桧山町の村岡家の三女として生まれました。出生時は三五五〇グラムでした。
生後八ヵ月ごろのことでした。地元の医師から、「風邪のビールスが血液に入り、心臓肥大になっている。まだ小さいので薬だけではなく食事治療をしたほうがよい」といわれました。私は野菜の生ジュース、魚、卵の黄身、バターなどを入れたおじや、豚、鳥の肝臓をつぶした物を離乳食として食べさせ、できるだけ沢山の日光浴をさせました。
すると、日に日に元気になり、小さな手の爪に赤味がさしてきました。そのころからです。赤ちゃん語の、「ババ」「ブーブー」「ウマウマ」など話していたのに、少しずつ言葉が減ってきたのは……。それまで、二週間おきに先生に見てもらい、先生に話しましたら、「物音に興味があり、目配りをしているので大丈夫」と、いわれました。

 

 

 

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